図書館四方山話その10

 暖冬の影響で、例年より梅の開花が早まっていますね。朝、雨戸を開けたとき、夜、宅配便の受け取りにドアを開けたとき、・・・・・・

 ふわぁっと梅の花の香りが押し寄せ、あっという間に香りに包まれてしまいます。我が家の近所に梅林があるのですが、毎年その花を見るより先に香りで開花を知ります。この季節のよろこびの一つです。

 「春の夜は軒端の梅をもる月のひかりもかほる心ちこそすれ」
         藤原俊成 『千載和歌集』巻第一 春歌上 より

 この季節の、好きな歌なので、皆さんにも味わってもらえたらなぁ・・・と思って紹介します。“藤原俊成”と聞いてすぐに「“藤原定家”のお父さんでしょ!」と気づいた人もいるでしょう。百人一首の「世の中よ道こそなけれ思ひ入る山のおくにも鹿ぞ鳴くなる」という歌を思い浮かべた人もいるでしょう。今から832年前に編纂された勅撰集『千載和歌集』の撰者で、西行とも交流がありました。

 「梅をもる月」というのは、梅の花から漏れてくる月の光といえばよいでしょうか。皆さん、木漏れ日(こもれび)は見たことがありますよね?お日様の光が木の葉の合間から漏れてくるのを。その日光を月の光に、木の葉を梅の花に変換して想像してみてください。昔の夜は、今よりも暗いですから、月の光も今より明るく見えたことでしょう。

 梅の花から漏れてくる月の光も、梅の香りに染まっていると感じているのですね~。光と香り、視覚と嗅覚が交錯して春の夜に響き合う心地よさ・・・夜が明けないでほしい、ずっとこのままここにこうしていたい・・・とまでは書かれていませんが、八百年以上前に詠まれた歌が、時空を超えて私の心を揺さぶります。

 何百年も前の人の声も、書物を通して聞くことができます。

 今、目の前の梅の花を見ている自分と、八百年以上前に梅の花を見ていた藤原俊成とが、歌を通して一瞬でつながる感動!生きているよろこびが増幅され、生きる力が充電されるような温かな心持がします。文学作品は、この世の様々な物事、出来事と自分とを結んで生きていくことを支えてくれるものだと感じています。先人たちが残してくれた心強い言葉の数々を受け取れる幸せを日々かみしめながら、私は皆さんに書物を手渡していきたいと思っています。この思いが、皆さんになかなか届かなくても、図書館が皆さんを支えられる場所であるよう、心をこめて司書をしています。